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外国の方に対しては「分かりやすい言葉」を届けよう 2|国際政治

前回は「外国の方に対しては「分かりやすい言葉」を届けよう 1」の話でした。

外電には鈴木首相(当時)の「黙殺」は「日本政府がポツダム宣言をignore(無視)した」と伝わりました。

「ならば!」と米国は原爆投下の決断に踏み切ります。

交渉は「話し合いをして初めて価値を持つ」のであり、「無視」では話し合いにならないからです。

鈴木貫太郎首相(1945年 人物で読む太平洋戦争 世界文化社)

米国はソ連との関係も含め、原爆投下へ向けて着々と準備を進めていました。

おそらく、日本へ投下する方針は、当時すでにほぼ固まっていたのでしょう。

そこに、ポツダム宣言の「無視」で、米国側に原爆投下の大義名分を与えることになりました。

鈴木首相が「黙殺=ignore」の声明を出して10日も立たないうちに、まずは広島に原爆が投下されます。

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1945年8月6日広島へ原爆投下(Wikipedia)

日本語の黙殺というのは、無視ではありますが、「単なる無視」とはニュアンスが異なります。

当時の状況を考えれば、「状況としては宣言を受け入れざるを得ない状況であることは分かっているが、国内状況(陸海軍の反対)等を鑑み、『無視』あるいは『無回答』とせざるを得ない」という意味になるのでしょう。

当時、日本陸軍には「本土決戦」を主張する将校が多く、本心は「戦争続行は難しい」と考えていたでしょう。

しかし、陸軍首脳の阿南惟幾陸軍大臣、梅津美治郎参謀総長は降伏反対でした。

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阿南惟幾陸軍大臣(Wikipedia)

日本は国内でクーデターも起きかねない一触即発の状況であったのです。

鈴木首相は「断固戦争完遂に邁進する」と続けていました。

米国・英国・中国からすると「何を言っても、Ignore(無視)するのではないか。それならば交渉の余地がない。」と不信感を持つに至ります。

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梅津美治郎参謀総長(Wikipedia)

国内状況がどうであれ、国家元首としては外国・相手に対しては、何らかの前向きとも取られるような回答をすべきでした。

交渉のテーブルについてくれなければ、外国・相手は何もいうことが出来なくなるようなイメージを持ってしまいます。

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