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リメンバー パール・ハーバー 19〜日本国内の派閥〜

前回は「リメンバー パール・ハーバー 18〜緊迫する欧州〜」の話でした。

近衛 文麿 内閣総理大臣(Wikipedia)

1939年9月に欧州で勃発した第二次世界大戦。

日本は、中国とアジアで戦いを繰り広げていました。

瞬く間に、猛烈な勢いで欧州を席巻するドイツ。

1941年ヨーロッパ戦況地図(連合艦隊 勃興編上巻 世界文化社)

ドイツと同盟を結ぶべきだ!

という声が、日本陸軍内で非常に強くなります。

その急先鋒の一人が東條英機陸相でした。

東條英機 陸相(Wikipedia)

対する海軍は、米内光政海相・山本五十六海軍次官たちは猛烈に反対します。

山本五十六 海軍次官(Wikipedia)

ドイツと同盟を結んだら、
米英と敵対してしまう!

米国だけは、敵に回しては
ならない!

しかし、陸軍は

ドイツが欧州を
全て占領するだろう。

ソ連も含めて、
同盟を結べば、日本の世界進出に役立つ。

と考えていました。

そもそも、明治維新の際に創設された、日本陸軍は「ドイツを模範」としていました。

英国が源泉の海軍とは、全く指向性が異なっていたのです。

昭和の日本軍

陸軍:ドイツを模範

海軍:英国を模範

現代日本は、第二次世界大戦後「一時期米国に占領された」ため、米軍との結びつきが非常に強い自衛隊。

「結びつきが強い」というか、よく言って米軍の「弟分」、より本質的には米軍の「子分」のような存在です。

しかし、戦前の日本軍は、米軍の影響はそれほどなく、英独の影響が非常に強かったのです。

その大きな理由は、明治維新の成立過程にありました。

西郷隆盛(国立国会図書館)

倒幕側・新政府となった薩長は、英国の支援を受けて、武器などを供与されていたのです。

当時、薩長に「肩入れしていた」とも言えるほど、強い関係を持っていたパークス英国公使。

H.Parkes英国公使(Wikipedia)

そのため、英国が「軍の規範となる」のは当然でした。

そして、陸軍が「ドイツを模範とする」のもまた、明治維新に決まったことでした。

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