前回は「リメンバー・パール・ハーバー 5〜日米の意思決定機構の根本的違いが炙り出された人事決定〜」の話でした。

なんとか真珠湾奇襲攻撃を軍令部に呑ませた山本長官。
作戦指導の具体的な協議に入ります。
軍令部と連合艦隊の間で、ハワイ真珠湾奇襲攻撃の是非が論じられている間の作戦実施部隊。
大西瀧治郎・源田実らによって、ハワイ攻撃に向けた具体的計画の詰めと実地訓練が内地(日本国内)で行われていました。


この時点、第一航空艦隊のもと、下記の三つの戦隊に分かれていました。
第一航空戦隊(南雲司令長官直卒):空母 赤城 加賀
第二航空戦隊(山口司令官) :空母 飛龍 蒼龍
第五航空戦隊(原司令官) :空母 翔鶴 瑞鶴
各戦隊の隊員等は、真珠湾奇襲攻撃を成功させるために、一生懸命に文字通り「血の滲むような」努力を続けてきました。

真珠湾周辺が浅瀬であったため、魚雷での攻撃は困難を極めます。
しかし、決死の訓練によりなんとか攻撃の成功が見込まれました。
最終的には空母飛龍・蒼龍の二隻は「航続距離がやや短い」などの理由により、真珠湾奇襲攻撃部隊から外されたのです。
この前後、真珠湾奇襲攻撃に反対していた作戦の総指揮を執る南雲忠一 第一航空艦隊司令長官。

依然として反対の姿勢でした。

こんな無茶な作戦、出来っこないだろう!
もともと、山本長官と南雲長官はあまり折り合いが良くない関係です。
荒々しい性格で知られる南雲忠一は、山本とは性格が合いません。



南雲では話にならん!
作戦実施部隊に関しては、南雲司令長官は蚊帳の外におかれます。



草鹿くんと話をつけよう。
そして、参謀長の草鹿龍之介が賛成することで、「外堀が埋められた」状況となりました。


この「外堀を埋める」発想もまた、非常に日本的でした。
最高責任者たる司令長官に話を通さず、No.2である参謀長に承認をさせて、長官は「追認」となります。
これでは、「誰が最高意思決定者か」が非常に曖昧になります。
米国・英国の非常にハッキリした指揮系統に対して、いつも曖昧な日本の指揮系統。


「第一航空戦隊と第五航空戦隊の空母四隻で、ハワイ真珠湾奇襲攻撃実施」と決まりました。



ちょっと待った〜!
烈火の如く怒る男が登場します。
攻撃隊から外された第二航空戦隊 山口多聞司令官でした。

