MENU

外国の方に対しては「分かりやすい言葉」を届けよう 4|国際政治

前回は「外国の方に対しては「分かりやすい言葉」を届けよう 3」の話でした。

「黙殺するのみ」という回答は、欧米的な二元論で考えると最悪でありました。

日本語は曖昧な部分があり、それが許される言葉です。

英語では質問にはまず最初に”Yes”か”No”が来ます。

すると「黙殺=ignore」は海外、特に米国と英国には「Noなのか。検討すらしないのか。」となります。

Harry Truman米大統領(Wikipedia)

当時、「(旧)ソ連に仲介を求める」という、真剣に当時の日本政府、特に外務省は模索していました。

現在から考えると、信じられないことです。

Winston Churchill英国首相(Wikipedia)

ソ連代表のスターリン ソ連書記長は、1945年7月の「ポツダム宣言発表」の半年前の同年2月に、開催されたヤルタ会談に出席します。

そして、米国・英国と「ドイツと日本を倒した後に世界をどうするか?」を協議していました。

(旧)ソ連が日本との日ソ不可侵条約を一方的に破棄し、日本に攻め込むことは、この頃には「すでに確定していた」のです。

広島に原爆が落とされ、日本が、もはやどうにもならない状況に追い込まれた1945年8月8日。

(旧)ソ連は、当時の日本政府が仰天する行動に出ました。

日ソ不可侵条約を一方的に破棄したのです。

J.Stalinソビエト連邦指導者(書記長)

「日本がポツダム宣言受諾を拒否したため、連合国の要請を受けて参戦する」との「大義名分」を掲げての行為でした。

そして、猛烈な勢いで満州・南樺太(日露戦争で勝利し、日本が取得)・千島列島に侵攻しました。

当時、すでに戦闘能力が著しく落ちていた関東軍はじめとする陸軍。

日本陸軍は、旧ソ連軍の怒涛の勢いに押されまくられ、一方的に敗退します。

f:id:Yoshitaka77:20220104100520j:plain
梅津美治郎参謀総長(Wikipedia)

国際政治において「不可侵条約を一方的に破棄するソ連が悪い」のです。

陸軍を束ねる、阿南陸軍大臣も梅津参謀総長も「戦争継続」を主張していました。

しかし、両者とも内心は「現実的には、もう日本軍に連合国を押し返す力は残ってない」ことは分かっていたのでしょう。

f:id:Yoshitaka77:20220104100533j:plain
阿南惟幾陸軍大臣(Wikipedia)

この時にいわゆる「北方領土」が(旧)ソ連に占領され、その(不法)占領は80年近く経過した今でも変わらない状況となります。

南樺太は当時から約40年前に日露戦争の日本側勝利によって「ロシアから取得した領土」です。

そのため、南樺太を取り返されたのはある意味「仕方ない」かもしれません。

しかし、いわゆる「北方四島」の択捉島などは、元々は純然たる日本領です。

このことを日本人はきちんと知っておくべきでしょう。

↓応援して下さい↓
にほんブログ村 にほんブログ村へ
PVアクセスランキング にほんブログ村
目次
閉じる