前回は「真珠湾米太平洋艦隊の諜報活動の狙い〜海軍若手・吉川猛夫の大活躍・真珠湾奇襲攻撃を成し遂げた山本長官・「大奇跡」の空母航空隊育成〜」の話でした。
「慎重な諜報+極めて合理的発想」:筒抜けだった大日本帝国の暗号

日米交渉がずっと継続していた1941年4月頃から12月頃、

Japanの暗号は、ほぼ全て
傍受・解読可能だ・・・
米国側の代表者であるハル国務長官は、ほぼ全ての日本の暗号を傍受・解読していました。



我が大日本帝国の暗号が、
解読されるはずがない!
暗号が「傍受されることは、あり得る」としても「解読は、あり得ない」と考えていた大本営。
ところが、



これならば、
Japanの方針は手に取るようにわかるわ・・・
「解読など、あり得ない」と考えていたのは、米国の科学技術を甘く考えすぎていました。
このように、当時の大日本帝国の諜報・情報管理は、極めて脆弱でした。


この頃、「世界の強国の一つ」であることは間違いない大日本帝国。
海軍においては米国に次ぐ二位、陸軍においては、米国・ドイツに次ぐ三位と言って良い状況でした。
ところが、国力は弱く、さらに情報・諜報面では、非常に弱い立場だった大日本帝国。


ここで、ハワイに「スパイ」として赴任した吉川猛夫の活躍は、際立ったものでした。



ハワイの馴染みの料亭で
遊びながら、真珠湾の軍港をずっと見ていた・・・



やはり、米国人は週末を
大事にするから・・・



週末には、戦艦も空母も
ほぼ確実に停泊している・・・
「週末には、ほぼ確実に戦艦も空母も停泊している」事実を掴んだ吉川。
この情報は、極めて重要であり、すぐに軍令部に送信されました。



週末に戦艦と空母が
停泊している・・・



そして、真珠湾付近の
月の明かりや潮の流れを考慮すると・・・



真珠湾奇襲攻撃は
12月8日頃だな・・・
「慎重な諜報+極めて合理的発想」により、「真珠湾奇襲攻撃は12月8日」と決定しました。
この点で「筒抜けだった暗号」と極めて対照的な姿勢であり、



作戦行動を
諜報を元に合理的に決定したのだ!
「諜報を元に合理的思考」で決定されたのが真珠湾奇襲攻撃日でした。
対日戦に「万全の手」を打った米国:脆弱で貴重な空母退避へ





とにかく、
米空母を撃沈するのだ!
現代、山本長官は「真珠湾奇襲攻撃で空母撃滅を狙っていた」と言われています。
それは「後世の視点」であり、連合艦隊の狙いは、空母だけではなく戦艦も同等に重要でした。
時は「戦艦から空母へ」の時代であり、山本長官は「日本海軍航空隊の育ての親」でした。
それでも、当時の世界の海軍は全体的に大艦巨砲主義だったため、



米国の戦艦も
出来るだけ叩くのだ!
山本はじめ、連合艦隊司令部は「戦艦も叩く」と考えていたのが実情でした。





そろそろ、Japanが
追い詰められて、攻撃してくるな・・・
この頃、ハル・ノートを1941年11月26日に手渡し、日本をジリジリ追い詰めていた米国政府。
「原油をストップされ、中国からの全面撤退などの条件」を突きつけ、



Japanが、あの要求を
呑むはずがありませんからな・・・



そして、仏印などに進駐していますが、
JapanはOilが、ほとんど出ませんから・・・



Japanが攻撃してくるのは、
Philippines(フィリピン)は確実だな・・・



Philippines(フィリピン)は、Japanの影響下の
すぐ近くですし、多数の資源がありますからな・・・



Hawaiiの、我がUnited Statesの
海軍は大丈夫か?



Hawaiiが攻撃されると、
大変なことになるが・・・



Japanが、冒頭にHawaii攻撃する
可能性はゼロではありませんが・・・



ご存じのとおり、
Hawaiiは、Japanから遥か遠くです・・・



流石に、強力になったJapanの
海軍とはいえ、Hawaiiを攻撃するのは難しいでしょう・・・



うむ・・・
まあそうだな・・・
ここで、ルーズベルト大統領は、少し考えました。



・・・・・
すでに三選されたルーズベルト大統領は、極めて慎重で知能的な人物でした。



Hull長官よ・・・
戦艦は頑強だが、空母は脆弱だな・・・



はっ、しかも空母は
少なく、とても貴重です・・・





念の為、空母は
Hawaiiから退避させておくのが良かろう・・・



はっ、確かに
空母は保全しておいた方が良さそうです・・・



ならば、空母はHawaii近海に
行かせるように指示を出します!



よしっ!
そうしてくれ!
こうして、「大日本帝国の手の内」をすべて読んでいた米国は、「万全の手」を打っていました。
次回は上記リンクです。