「ニイタカヤマノボレ一二〇八」の暗号伝聞到来〜奇襲攻撃へ・「忍者の如くひっそりと」真珠湾に近づく南雲艦隊〜|リメンバー・パール・ハーバー29・真珠湾奇襲攻撃

前回は「「奇襲攻撃と日米交渉両建て」の日本〜異様に「にこやか」な野村・来栖大使・米国の冷たい視線・弱気な南雲長官と強気な草鹿参謀長・確実に戦争に向かう米国〜」の話でした。

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「忍者の如くひっそりと」真珠湾に近づく南雲艦隊

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南雲機動部隊のハワイ奇襲攻撃の航路図(歴史人2021年8月号 ABCアーク)

正規(正式)空母六隻の空前の大艦隊を率いて、真珠湾奇襲攻撃へと向かう第一航空艦隊。

1941年11月26日に、当時、日本が「正式に領有していた」樺太島から出撃しました。

ハワイ真珠湾を攻撃するのは、おおむね12月10日頃であり、2週間ほどかかります。

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左上から時計回りに、山本五十六 連合艦隊司令長官、南雲忠一 第一航空艦隊司令長官、草鹿龍之介 第一航空艦隊参謀長、宇垣纏 連合艦隊参謀長(連合艦隊司令長官 別冊歴史読本 新人物往来社、歴史群像シリーズ 図説・戦国武将118 学研、Wikipedia)

日本側の総大将である南雲第一航空艦隊司令長官は「百戦錬磨の大将軍」でしたが、

こんな大博打のような
作戦が、果たして成功するだろうか・・・

大きな不安を抱えながら、真珠湾へとひたすら進みます。

「奇襲攻撃」なので、敵の艦隊や民間商船などと接触してはならない作戦。

大艦隊を率いて、「忍者の如くひっそりと」真珠湾に近づくことは、極めて困難でした。

まあ、南雲長官が引き入れば、
大艦隊を統率できるだろう・・・

そして、航空のプロである
私がついているのだから・・・

補佐役であり「事実上の指揮官」である草鹿参謀長も、緊張感みなぎっていました。

さらに、この奇襲部隊には大困難がありました。

乾坤一擲の
真珠湾奇襲攻撃だ!

だが、日米交渉妥結の際は、
ひっかえしてこい!

山本長官から「奇襲攻撃に向かう途中、黙って引っ返してくる可能性」を指摘されていた南雲長官。

大体、こんな大艦隊で、はるばる
真珠湾まで行こうとするだけで大変なのに・・・

日米交渉妥結の時は、そのまま
黙って、ひっそりと内地に帰るのか・・・

そもそも、そんなことは
可能なのか・・・

南雲長官が不安になるのは当然の状況であり、誰にとっても「荷が重すぎる作戦」でした。

もう攻撃するしかないと
考えますが・・・

「日米交渉妥結した直後に、奇襲攻撃」
なんてことになったら、全世界に恥を晒す・・・

大丈夫なのか・・・
大体、ちゃんと無電は100%受けられるのか・・・

「自分達の位置を秘匿」するために、奇襲部隊は電波を発しない「無線封止」をしていました。

電波を出すと、どこかでキャッチされてしまい、

どうも、自国の艦隊以外が
この海域あたりにいるな・・・

ひょっとしたら、
敵かもしれんから、探れ!

と勘付かれてしまう可能性があるからです。

完全な無線封止を行い、
さらに無線受信の体制はバッチリです!

1941年12月1日、南雲長官率いる奇襲部隊は「攻撃するのか、引っ返すのか」まだ分からない状況でした。

樺太島を出発して、5日ほどの間に太平洋を大きく突き進んで、真珠湾を目指していました。

「ニイタカヤマノボレ一二〇八」の暗号伝聞到来:奇襲攻撃へ

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「ニイタカヤマノボレヒトフタマルハチ」暗号電文(Wikipedia)

そして、ついに12月2日に「運命の電文」が第一航空艦隊に到着しました。

「ニイタカヤマノボレヒトフタマルハチ」です。

日本語としては「新高山登レ一二〇八」であり、これでは意味が分かりません。

南雲長官!
「新高山登レ一二〇八」です!

うむ・・・
ついに、真珠湾奇襲攻撃だな!

事前に、連合艦隊幹部は「新高山登レ=真珠湾奇襲攻撃」という暗号を決定していました。

新高山とは、当時日本領だった台湾最高峰の新高山のことです。

「新高山登レ」とは、いかにも重大な内容を含んでいそうです。

「新高山」を知らなくても、「何か大きな山に登る」ことは大きな決意を表しています。

すでに米国には「ある程度電報が解読されていた」状況であった日本。

もう少し「重大だと悟られにくい」普通の電文にすれば良かったようにも思います。

例えば、「山本長官がポーカー大会を主催する一二〇八」など。

傍受・解読した米軍の諜報部が、

Yamamotoが
ポーカー?

Yamamotoが
博打好き、トランプ好きなのは知っているが・・・

一体これは・・・
???

と考え込んでしまうような内容にすれば良いと思います。

また「一二〇八」は、そのまま「攻撃する日は12月8日」を示していました。

少し日数をずらす工夫があっても良かったようにも思います。

例えば、「二日ずらしておいて、一二一〇ならば、一二〇八」と内部で了解しておくなど。

いずれにしても、ほぼ暗号が米軍に解読されていた日本。

一方で、「解読されても、当事者たちしか分からない暗号」は見破りようがありません。

その点では、「素直すぎる電文」であったと言えます。

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Cordell Hull国務長官と野村・来栖米国大使(歴史街道 2021年12月号 PHP研究所)

とにかく、直前までは「日米交渉は続けられてはいた」のです。

野村・来栖大使とハル国務長官の間で続けられていた中、

我がUnited Statesの
見解は「これ」です・・・

ハル国務長官から手渡された「ハル・ノート」と呼ばれる書面。

我がUnited Statesは、
この内容から一切妥協しません!

内容は「日本が絶対に受け入れることができないこと」が多数ありました。

私の仕事は
ここまでです!

ここからは、
陸軍長官と海軍長官の仕事だ!

と言ったと伝えられるハル国務長官。

この時点で、米国は「日米戦争をハッキリと目指していた」のが事実でした。

その中、ついに日本は無謀とも言える「日米開戦」を決意しました。

この奇襲攻撃で
一気に米海軍を叩く!

南雲・草鹿よ!
頼んだぞ!

そして、日本海軍の顔・山本長官は「乾坤一擲の超大作戦」に全てを賭けていたのでした。

その「生きるか死ぬか」という強烈な思いこそが電文「新高山登レ一二〇八」となりました。

この電文の「異常な素直さ」は、当時の日本の「強烈な切迫感」を率直に表現しているのかもしれません。

世界最強国・米国と戦う日本陸海軍の「退路を断たれ、追い詰められた悲痛な心意気」を。

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