真珠湾へ向かう空母機動部隊〜山本長官の対米戦への「半年から一年は暴れてご覧にいれる」本音・空母航空隊を育て上げた山本五十六・交錯する提督たちの思い〜|リメンバー・パール・ハーバー27・真珠湾奇襲攻撃

前回は「山本五十六長官の無理難題命令「日米交渉妥結なら奇襲攻撃中止」〜「甘い観測」に振り回される日本・悩む東條首相・山本長官の苦悩・「持てる国」米国と「持たざる国」日本〜」の話でした。

目次

山本長官の対米戦への「半年から一年は暴れてご覧にいれる」本音

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左上から時計回りに、山本五十六 連合艦隊司令長官、南雲忠一 第一航空艦隊司令長官、草鹿龍之介 第一航空艦隊参謀長、宇垣纏 連合艦隊参謀長(連合艦隊司令長官 別冊歴史読本 新人物往来社、歴史群像シリーズ 図説・戦国武将118 学研、Wikipedia)

「日米交渉妥結」と「対米戦開戦」の両方を推進していた日本(大日本帝国)の陸海軍。

日本切っての知米派であった山本長官は、

あの米国と
本気で戦争するのか・・・

日米交渉が妥結して、
対米戦とならないのが望ましい・・・

と考えていました。

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第34,38,39代内閣総理大臣:近衛文麿 (Wikipedia)

時は1941年で、この前年の1940年に山本長官は近衛首相に呼ばれました。

あの米国と
戦って、勝てるのか・・・

現代でも当時でも「抜群の超大国」である米国。

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世界の原油生産量 1940年(歴史人2021年8月号 ABCアーク)

原油も資源も食料も「無限にある」ような国家であり、当時も超強力な国家でした。

山本長官は、対米戦となったら、
どう考えていますか?

という近衛首相の問いに対して、

ぜひやれと言われれば、
半年や1年の間は暴れてご覧にいれるが・・・

2年、3年となれば、
まったく確信は持てない・・・

と答えた山本長官。

つまり、山本長官は、

半年〜1年で講和になるならば、
我が日本海軍は米海軍と戦えるが・・・

2年以上の戦いになれば、
我が日本海軍は確実に米海軍に敗北する・・・

と「至極真っ当な意見」を持っていたのでした。

空母航空隊を育て上げた山本五十六

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第一航空艦隊(ビッグマンスペシャル 連合艦隊上巻 勃興編 世界文化社)

このように、連合艦隊司令長官として、

対米戦で勝つ見込みは
短期決戦のみ!

という姿勢を明確にしていた山本長官。

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東條内閣:1941年10月18日(Wikiepdia)

そして、近衛内閣が倒閣して、1941年10月18日に東条内閣が成立しました。

「日米交渉妥結」に微かな期待を寄せていた山本長官。

一方で、現実問題として、

日米交渉妥結は
難しいのだろう・・・

ということは十分に分かっていました。

この中、

米国と長期間戦っては、
絶対に敗北する・・・

ならば、「短期決戦→講和」の
状況を私が作り出すしかない!

そのためには、米太平洋艦隊の本拠地である
真珠湾に緒戦で大打撃を与える!

そして、米空母など米太平洋艦隊の
主力を一気にこの世から消すのだ!

こう考えた山本長官は、真珠湾奇襲攻撃の実行部隊である機動部隊を育て上げました。

機能組織最高責任者
軍政海軍省海軍大臣
軍令軍令部軍令部総長
戦争実行部隊連合艦隊連合艦隊司令長官
日本海軍の組織

長らく、軍政側の海軍省にいた山本長官。

海軍航空本部長(海軍次官と同等)を長く勤めて、空母航空隊を育て上げました。

私が育て上げた
空母航空部隊・・・

空母赤城の艦長などの経験もありますが、前線で戦った経験は、ほとんどなかった山本。

とにかく、空母を作り、
航空隊をしっかり作らなければ・・・

「空母航空隊を育て上げた」山本次官の手腕は、当時の海軍で際立った存在でした。

そして、海軍次官を経て、

いよいよ、最前線の
連合艦隊司令長官だ!

と気負い込んだ山本長官。

真珠湾へ向かう空母機動部隊:交錯する提督たちの思い

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第一航空艦隊:旗艦 空母赤城(Wikipedia)

山本が育て上げた空母機動部隊は、猛烈な練習を重ねて準備万端の体制でした。

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南雲忠一 第一航空艦隊司令長官(連合艦隊司令長官 別冊歴史読本戦記シリーズNo.61新人物往来社)

空母六隻で、遥か遠い
真珠湾を攻撃か・・・

この頃、消極的な性格であり、航空に関しては「ド素人」の南雲長官。

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草鹿龍之介 第一航空艦隊参謀長(連合艦隊司令長官 別冊歴史読本戦記シリーズNo.61 新人物往来社)

私は、航空隊の戦略に関しては、
日本で第一人者だ!

補佐役は草鹿龍之介 第一航空艦隊参謀長であり、事実上の最高意思決定者は草鹿でした。

つまり、「No.2が、実はNo.1の権限者」という日本らしい組織でした。

空母六隻の大機動部隊は
世界で初めてだろう・・・

そもそも「(正規・制式)空母六隻」もの大艦隊を組ませることが可能なのは、当時日本だけでした。

米国ならば「不可能ではない」としても、米太平洋艦隊には空母は六隻もありませんでした。

東海岸を守るために、大西洋にも艦隊を置いておく必要がある米国。

そして、英国の保有空母は、軽空母を入れてもせいぜい数隻。

ドイツ・イタリア・フランスに至っては、空母ゼロでした。

「海に囲まれている」点では、日本も米国も同様の立場でした。

そして、当時「他国を圧する海軍力」を持っていたのが日本と米国だったのです。

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南雲機動部隊のハワイ奇襲攻撃の航路図(歴史人2021年8月号 ABCアーク)

この中、「空母六隻という空前の大部隊」で「一気に遥か遠いハワイ真珠湾を攻撃」の作戦。

この作戦は「信じられないほど斬新で、投機的な作戦」でした。

本当に、この真珠湾奇襲攻撃は
成功するのか・・・

なんとかする、しかないが、
空母六隻でハワイか・・・

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宇垣纏 連合艦隊参謀長(連合艦隊司令長官 別冊歴史読本戦記シリーズNo.61新人物往来社)

山本長官の補佐役であり、「山本から敬遠されていた」と言われる宇垣参謀長。

「戦艦大和・武蔵の建造を誰より強く推進した」宇垣は、バリバリの大艦巨砲主義者でした。

空母や航空隊のことは
よく知らんが、山本長官を補佐する!

このように、提督・将官たちのさまざまな思いが交錯する中、

日米戦は、この真珠湾奇襲攻撃に
全てがかかっているのだ!

乾坤一擲の思いでいた山本長官。

海軍兵学校卒業期名前役職
32山本 五十六連合艦隊司令長官
36南雲 忠一第一航空艦隊司令長官
40宇垣 纏連合艦隊参謀長
41草鹿 龍之介第一航空艦隊参謀長
連合艦隊幹部の海軍兵学校卒業期(真珠湾奇襲攻撃)

いよいよ、南雲長官率いる機動部隊は、単冠湾から真珠湾へ向かいました。

向かった空母機動部隊は「前代未聞の超大部隊」でした。

そして、日米交渉は「まだ継続」していました。

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