前回は「リメンバー パール・ハーバー 3〜山本五十六が考えた非常手段〜」の話でした。
しびれを切らして、遂に「奥の手=禁じ手」に踏み切った山本五十六。

ハワイ奇襲攻撃を了承しなければ、
連合艦隊司令長官を辞任する
山本五十六連合艦隊司令長官の申し出に、軍令部は困り果てます。


当時の日本海軍において、山本五十六の存在は群を抜いていました。
海軍省にいた頃は海軍次官として、米国や英国を様々な交渉を行い、海外にも名を馳せていました。
山本はいわば「日本海軍のシンボル」だったと言えるでしょう。
対外的にも「日本が米国に戦争を仕掛ける」ならば、指揮官は山本五十六以外には「あり得ない状況」でした。


軍略や戦略などで山本五十六を超える人物はいたかもしれませんが、米国との戦争を行う連合艦隊司令長官は「海軍の顔」です。
日本的考え方では、海軍を統括できるのは山本しかいません。
その山本に連合艦隊司令長官を辞任されては、米国とはとても戦えません。
山本五十六は、分かっていたのでしょう。



俺の代わりに連合艦隊司令長官として、
米国と戦える人物が日本海軍にいるのか?
そして、職を賭して「禁じ手」に打って出てきたのでした。


こうして真珠湾奇襲計画が揉めている間、南雲第一航空艦隊司令長官は反対の姿勢を崩しません。
もともと南雲長官と山本長官はウマが合わず、大して口をきく間柄でありませんでした。
この前後、前線で「実際にハワイ奇襲攻撃を実施する」南雲機動部隊の参謀長 草鹿龍之介。



山本長官に直接会って、
作戦実施を断りにいく!
作戦実施部隊の責任者として、断固断るつもりでした。



ハワイ奇襲攻撃は私の悲願だ。
なんとか協力してくれ。



分かりました・・・



山本長官にここまで言われてしまっては、
とても断れるものではない・・・
しかし、山本にと懇願されて断りきれず、消極的賛成に回ります。


軍令部次長として、海軍全体の作戦指示の統括をしていた伊藤整一。
伊藤次長は困り果てます。
本来、次長である自分が却下すれば廃案になる作戦計画ですが、山本長官は絶対に折れません。


伊藤次長にとって山本長官は海軍兵学校の先輩です。
こういう時、「先輩後輩」の関係は多少なりとも影響します。
山本長官ならぬ「山本先輩」が絶対折れないため、伊藤は「ならば、大先輩に却下してもらうしかない」と永野軍令部総長に山本長官の「辞職宣言」を伝えます。
軍令部総長は陸軍では参謀総長にあたり、日本政府の超重鎮です。



永野さんに「絶対ダメだ」と
言ってもらおう。



そして、山本長官には
真珠湾奇襲攻撃を諦めてもらおう。
大先輩登場。


永野軍令部総長は、山本の連合艦隊司令長官の前々任者です。
永野総長もまた悩みます。



米国と戦う前から、こんなに揉めてしまって
どうするんだ?