前回は「リメンバー・パール・ハーバー 19〜日本国内の派閥〜」の話でした。
幕末の薩摩と大英帝国:グラバーとジャーディン・マセソン

幕末において、討幕側に非常に大きな貢献をした英国(大英帝国)。
そのきっかけは、薩摩との関係でした。
生麦事件の報復によって起きた、薩英戦争。

双方で殺し合いを経た後、急速に双方が接近します。


大英帝国の
最新の武器を仕入れよう。
そして、英国から大量の最新式銃を輸入することを考えます。



我がGreat Britainは、
Satsumaに武器を売りましょう!


そして、長崎でジャーディン・マセソン商会長崎代理店を経営し、「グラバー商会」を設立したグラバー。



武器の実際の取引は、
私が全て取り仕切りましょう!
グラバーが仲介して、当時、南北戦争が終結して世界中で余っていた武器が、幕末日本に流れ込んできます。
海から世界を制圧した大英帝国からは、薩摩・長州はいくつかの艦船も購入しました。
フランスと徳川


対して、徳川幕府はフランスからの接近を受けました。



Satsuma,ChoshuにGreat Britainが、
加担するなら・・・



我がFrench Empireが、
Tokugawaを応援しますよ。





そうしよう。
急速な近代化を図る徳川幕府は、フランスから武器を仕入れて、全てフランス式を目指します。


徳川幕府はフランスに傾倒して、大量の資金を投入して、「幕府陸軍のフランス陸軍化」を促進します。



我がFrench Empireは、
世界最強ですよ。



うむ。
正式な将軍就任は1867年1月10日であるものの、事実上、徳川幕府のボスだった慶喜。



フランスの武器を
大量に仕入れ、フランス軍を模範とする!



そして、薩長を
叩き潰す!
と考えます。
この徳川慶喜の考えは、当時理にかなった考え方でもありました。


強力なフランス陸軍を率いて、天才的戦略・戦術で欧州を席巻したナポレオン・ボナパルト。
「欧州中がフランスおよび同盟国」となる程の大勢力圏を築き、1804年には皇帝に就任しました。
その後、皇帝となったナポレオンは、ロシアで敗退を続け、失脚します。
それでもなお、幕末の当時においては「60年前に欧州を席巻したフランス帝国」に対する印象は強烈でした。



フランス帝国陸軍は
世界最強!
明治新政府の視線:米国・オランダ・ドイツ・スペイン
この徳川の「フランス陸軍の導入」は、少しタイミングが遅かったのでした。



薩長に敗北した・・・
その後、討幕派であった薩長は、様々な謀略を経て、倒幕を成し遂げます。



徳川幕府を
倒したごわす!





近代化を
推進するのだ!
そして、明治政府内部でも様々な抗争が起きますが、薩摩が中心となります。
西郷と大久保は倒幕後から、「方向性の違い」を認識するも、共に大英帝国を頼った薩摩出身。



海軍は、
大英帝国を模範は決定!



陸軍も、
大英帝国でも良いのだが・・・



大事な軍を、一国に
頼るのは危険だ・・・



陸軍は
どうする?
しかも、当時は、「陸軍中心」であり、海軍の立場は遥かに弱い状況でした。



陸軍は、
新政府軍の根幹だ。



我がFrench Empireは、
いかがですか?
フランス帝国も明治新政府に、「フランス陸軍式」を売り込んだに違いない。



確かに、フランス陸軍は
強く、「英仏を模範」はちょうど良い。
「フランス式」を導入するのが最善ですが、明治新政府とって、フランス式は鬼門でもありました。



しかし、倒した
徳川を支援したフランスを採用するわけには・・・





フランスは徳川を
支援したではないか!
徳川幕府が大嫌いな岩倉具視は、



フランスは
ダメだ!



では、米国・オランダ・プロイセン・スペイン
などから選ぶしかないですね。
その後、岩倉使節団が米国・欧州へ出発します。


不平等条約改正を目指した岩倉使節団の目的は、ほとんど果たせませんでした。
しかし、様々な明治新政府主要人物が、米国や欧州を実際に訪問して、見聞した価値は非常に大きかったのです。



陸軍は、
どの国が良いか・・・
鋭い瞳を光らせながら、岩倉使節団の副使・大久保は考え、悩みながら各国を回ります。
その大久保は、ある国の首脳と運命的な出会いをします。

