生麦事件と大英帝国外相〜遠い極東・日本の出来事・「郷に入っては郷に従う」と人権・アーネスト・サトウの卓抜した諜報力と分析力〜|日英の未来と友好12・国際関係・戦略的外交

前回は「島津久光の意気込みと生麦事件〜島津久光と西郷隆盛・生涯揉め続けた二人・薩摩と大英帝国・仰天したアーネスト・サトウ・民間人に斬りかかるSamuraiたち〜」の話でした。

目次

大英帝国外相と生麦事件:遠い極東・日本の出来事

John Russell英外相(Wikipedia)

生麦事件が勃発した時の英国外相は、ジョン・ラッセル卿でした。

我がBritishの若き男性と女性が
散歩中に刀で斬りかかられた、だと?

・・・・・

遠い国Japanでの
ことか・・・

「大事件」と言っても、遠い極東の日本での話。

こんな言語道断なことは
絶対に許せん!

だが、一々本国から指示を出すのは、
時間がかかるので、現地でしっかり対応せよ!

対応は、現地の英国公使館が主に指示をします。

Sir Rutherford Alcock初代駐日公使

当時のラザフォード駐日は英国に一時帰国しており、ジョン・ニール代理公使が対応します。

John Neal駐日代理公使(Wikipedia)

承知
致しました!

当時、日本の侍による外国人殺傷事件が頻発していました。

頻発していたとはいえ、若い女性を含む散歩中の英国人に対して、日本刀で切り掛かった薩摩。

なんという・・・
なんということだ・・・

もはや「絶句するしかない」異常極まりない事件です。

「郷に入っては郷に従う」と人権

生麦事件(Wikipedia)

いかに「現地国(日本)の風習を破った」とはいえ、突然真剣で斬りかかり死者が出た事件。

英国はじめとする列強は、

「郷に入っては郷に従う」とはいえ、
基本的人権を踏み躙るJapaneseは、とんでも無いわ!

言語道断!

Japaneseと話しても、
仕方ない!

やられたら、
やり返すまで!

と英国と協調体制を続ける仏・蘭の駐日公使達も憤ります。

ちょうど、横浜に外国人居留地ができて、横浜には英仏蘭などの陸戦隊(陸軍)が滞在しており、

陸戦隊を出撃させ、
Shimazuを襲撃せよ!

といきりたつ、仏蘭の公使たち。

対して、ジョン・ニール代理公使は、

それは、それは
やめよう・・・

と周囲を促して、島津久光の部隊への襲撃を中止します。

これは非常に賢明な対応でした。

最初は、

やむを得ん・・・
出撃させるか・・・

と薩摩藩への報復に前向きだったニール代理公使。

アーネスト・サトウの卓抜した諜報力と分析力

大英帝国 外交官 Ernest Satow(Wikipedia)

この時、日本語が担当であり、日本の諸事情に通じていた外交官アーネスト・サトウ。

確かに、この事態は
許されることではありません。

しかし、私の掴んでいる
情報によると・・・

SatsumaのShimazu軍は
400人ほど。

情報・諜報を伝統的に非常に重視する英国(大英帝国)。

サトウもまた、日本の諜報・情報収集に非常に力を入れていました。

中でも、当時の日本で外国からも注目されていた薩摩藩です。

薩摩国父 島津久光(国立国会図書館)

JapanのSamuraiは、
非常に強いです。

しかも、SatsumaのSamuraiは
Japanで最強と言われています。

あの強力なSamuraiの中で、
最強か・・・

我が国の軍隊も強く、
武器はこちらがはるかに上です。

ところが、白兵戦では
Samuraiと勝てるかは、難しいでしょう。

しかも、Satsuma軍は、
400名ほどもいます。

出撃しても、
反撃される可能性があるな・・・

はい。
敗北の可能性もあります。

・・・・・
分かった!

ここは、
一歩止まり、対応した方が良いな。

そう考えます。

日本の内情に非常に詳しかったサトウがいたことは、大英帝国にとって極めて大事なことでした。

引き続き、
情報を集めます。

この後、若きアーネスト・サトウは、日英双方にとって非常に大事な役割を果たすことになります。

新地球紀行

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