拒否することの大事さ 3〜スティムソン陸軍長官と前線の「うちなる戦い」・日米の意思決定の違い・米軍将兵の日本軍への思い・陸軍長官の完全拒否・トップの矜持〜|原爆と世界

前回は「拒否することの大事さ 2〜原爆投下地の最終候補となったKyoto・米国の原爆投下計画・ヤルタ会談での米英ソ密約〜」の話でした。

目次

米軍将兵の日本軍への思い

Henry Stimson陸軍長官(Wikipedia)

原爆投下の第一候補として、前線指揮官は盆地で原爆の効果が現れやすい「京都」を決定しました

Henry Stimson陸軍長官に決裁を仰ぎます。

Stimson長官、
Kyotoが投下の第一候補です!

米軍側から見れば、

Japanの敗北は、
すでに確定している、というのに・・・

Kamikazeなどで、
Japanの軍隊は、猛烈な損害を我がUSに与えている・・・

日本陸海軍の神風特別攻撃隊。

日本側の「大きすぎる損害」と比較する時。

米軍側の損害は「大きな損害ではなかった」という意見もあいります。

それでも、米軍にとっては、大きな損害が出続けていました。

さらに、栗林忠道中将の「硫黄島での戦い」では、米軍には「甚大な損害」が出ました。

栗林忠道 師団長(Wikipedia)

唇を噛む前線の米軍陸海軍の将兵たち。

憎き
Japaneseたちめ!

JapanとJapanの軍隊に、
大きな精神的ダメージも与えてやろう!

Kyotoは、長年Japanの首都であり、
Japaneseの精神的故郷らしい・・・

Kyotoを吹き飛ばして、
Japanを降伏に追い込むのだ!

米軍の指揮官がこう考えることもまた、やむを得ない論理だったのかもしれません。

Stimson陸軍長官の完全拒否:トップの矜持

原爆Little Boy(Wikipedia)

ここで、最高意思決定者であるStimson陸軍長官が、

原爆投下地は、
Kyotoで良いだろう・・・

と決裁していたら、当日の天候にもよりますが、原爆が京都に落とされていたかも知れません。

実は、比較的、親日家で実際に京都に訪れたことのあるStimson陸軍長官。

Kyotoは
素晴らしい街だ・・・

我がUSには、
こういう街は存在しない・・・

Stimson陸軍長官は、京都の街の雰囲気に感銘を受けていました。

Kyotoに
原爆を投下するだと!

京都が昔の日本の首都であり、日本人にとって「精神的故郷」とも言える京都を対象とするのは、

絶対に
ダメだ!

と拒否したのです。

Stimson陸軍長官と前線の「うちなる戦い」:日米の意思決定の違い

Harry Truman米大統領(Wikipedia)

Stimson陸軍長官が、
Kyotoへの投下を拒否しました!

なんだって!

前線の作戦担当者は、再度京都に固執します。

原爆投下地は、
Kyotoが良いのだ!

Stimson陸軍長官は最後はTruman米国大統領にも話をつけ、

絶対に、
絶対にKyotoはダメだ!

と断固拒否して「原爆投下地:京都」案を徹底的に潰しました。

どうしても、私の言うことを却下するならば、
こちらにも考えがありますが・・・

共和党の超重鎮
Stimson長官を敵に回すのは、今後困る・・・

最終的に、Truman大統領の決裁で「原爆投下地は広島」と決定しました。

米国陸軍内も人間同士ですから、高官同士でギクシャクすることもあったでしょう。

そんなことに構わず、Stimson陸軍長官は「陸軍トップ」として、自らの矜持は断固守ったのでした。

広島、長崎に原爆投下された事実は悲しいことです。

その中、Stimson陸軍長官による「京都除外」の決定。

それは、日本人にとっては幸いであったことは間違いありません。

1945年8月6日広島へ原爆投下(Wikipedia)

米軍に押されていた日本軍でしたが、海軍は戦う艦艇がほぼなく「神風特攻隊」頼みでした。

陸軍は各方面で頑強に抵抗し、命を賭けて戦っていました。

大日本帝国の敗戦時の領土(第二次世界大戦全史 洋泉社MOOK)

最前線で決まっていた決定事項を、矜持を持って徹底的に断固拒否したStimson陸軍長官でした。

新地球紀行
左上から時計回りに J.Stalinソビエト連邦指導者、Winston Churchill英国首相、Harry Truman米大統領、鈴木貫太郎首相(Wikipedia、人物で読む太平洋戦争 世界文化社)

これが旧日本軍の組織であれば、どうだったでしょうか。

最初の段階で、

最前線の司令官が言っているなら、
まあいいか・・・

あるいは、

やむを
えまいな・・・

となったでしょう。

旧日本軍は陸軍は、陸軍大臣と参謀総長が「異なる分野」の「同格の権限」を持つという組織でした。

なおさら、「権限の曖昧さ」が問題になります。

そこでまた統帥権という存在も出てきます。

仮に、

ダメだ!

と突き返しても、改めて同じ案が出てきて日本的な「根回し」が登場します。

すると、

分かった、分かった・・・
もういい・・・

あとは
任せた・・・

となった事は間違いないでしょう。

そして、これは旧日本軍に限らず、現代の日本の政治においても「似たような状況」でしょう。

「トップとしての矜持と決定権への責任、そして時には断固・絶対に拒否」は、非常に大事です。

我が国の政治家の方々にも、是非持っていただきたいと思います。

新地球紀行

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