中立条規を蹂躙した1941年米政府〜莫大な大英帝国への後方支援・「海洋の自由」の解釈を変更した米国・大英帝国の「軍需工場」米国〜|リメンバー・パール・ハーバー62・時代の一面・真珠湾奇襲攻撃

前回は「国際法強行解釈「世界中が自衛範囲」米国〜妥協して屈伏か戦争か・”戦艦Prince of Wales”急派した大英帝国・英国流「戦艦皇太子」〜」の話でした。

目次

中立条規を蹂躙した1941年米政府:莫大な大英帝国への後方支援

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「東郷茂徳外交手記 時代の一面」(東郷茂徳 著、明治百年史業書、新地球未来紀行)

1941年11月26日、当時の大日本帝国の立場からすれば、突如発行されたハル・ノート。

戦後、獄中で、対米戦開戦時と敗戦時に外相だった東郷茂徳は、手記を著しました。

「東郷茂徳外交手記 時代の一面」において、東郷は、ハル・ノートに対して、かなり書いています。

ハル・ノートの骨子

1.日本軍の中国全土及び仏領インドシナからの撤兵

2.日独伊三国同盟の破棄

3.大日本帝国が満州事変以前の状態への復帰

東郷茂徳

外交には相手があるのであるから、自衛権に
関する学説がどうあろうと、

東郷茂徳

相手国がかかる態度に出て来る以上、
日本も其主張を考慮に加えないわけには行かない。

東郷茂徳

蓋し、国際法は実質的には、この如き大国の恣意に
よって変更せられたと見るべき場合があるからである。

国際法は、「国際」間で使用される法律であるため、解釈は「世界共通」でなければなりません。

ところが、

米国

我がUSは、USなりに
国際法を解釈するのだ!

1941年頃の米国は、かなりの強硬姿勢であり、「国際法を自在に解釈」していた、と東郷は主張します。

東郷茂徳

其他の例を見るならば、新政府の承認の問題も
当該政府が永続性を認められた場合には、

東郷茂徳

同政府の保持する思想的傾向の如何に
拘らず、これを承認するのが成例であったが、

東郷茂徳

米国は、「ウィルソン」大統領が、労農政府の承認を
差し控えて以来、政治上の問題とするに至った。

東郷茂徳

また、中立義務に就いても、第一次世界戦争の時既に
従来の国際法成例は蹂躙せられたが、今次欧州戦争の初めより、

東郷茂徳

米国の中立違反は、顕著であったけれども、
世界の多数国は之を黙過して来たので、

東郷茂徳

中立条規の効力は
疑問となった。

確かに、1939年に勃発した欧州戦争において、米国の「中立違反」は顕著過ぎました。

米国

我がUSは
Europeの戦争に「中立」です!

こう謳いながら、莫大な援助を大英帝国に対して為していた米国。

完全な「後方支援」であり、「半分参戦している状態」だったのが、当時の米国でした。

「海洋の自由」の解釈を変更した米国:大英帝国の「軍需工場」米国

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左上から時計回りに Franklin Roosevelt米大統領、Winston Churchill英国首相、J.Stalinソビエト連邦指導者、Adolf Hitler独総統(Wikipedia)
Churchill

Hitlerが強力すぎるから、
支援してください!

Roosevelt

OK!駆逐艦でも戦闘機でも
USから送ろう!

当時、欧州では、ヒトラー率いるドイツ帝国が猛烈な勢いで、欧州制覇に動いていました。

フランスはドイツに降伏し、欧州大陸は「ほとんどドイツと枢軸国」となりました。

ドーバー海峡を隔てた大英帝国軍は、ヒトラー率いる独軍と激しい空軍の戦争を繰り広げました。

かつては「NO.1海軍国」だった大英帝国は、日米海軍より劣っていました。

ここで、仮にドイツ帝国が、当時の大日本帝国並みの海軍を所有していたら、

Hitler

よしっ!我が海軍で
ドーバー海峡を突破!

ドイツ海軍が、ドーバー海峡付近を完全に制圧していたでしょう。

ところが、Uボートで有名なドイツ海軍は、空母もなく貧弱な海軍でした。

そのため、

Hitler

このままでは、欧州の海を
UKの海軍に封鎖されてしまう・・・

欧州の海を英海軍に「逆封鎖される」危険を、ヒトラーが感じていた説が有力です。

この状況に対して、米政府が「大英帝国の軍事工場」となっていた事実は、

Hitler

おのれ・・・
USは、「中立」と言っていながら・・・

Hitler

明らかに、一線を超えて
UKを支援しているではないか・・・

世界中から見れば、「何のための中立なのか」意味不明な状況でした。

東郷茂徳

殊に米国自身、第一次世界大戦までは
海洋の自由を主張して、

東郷茂徳

英の横暴を抑圧せんとしたが、
今次戦争に於いて、自国の海空軍が強大となるに伴い、

東郷茂徳

英の横暴を抑圧せんとしたが、
今次戦争に於いて、自国の海空軍が強大となるに伴い、

東郷茂徳

海洋の自由を
顧みることがなかった。

要するに、「米国の海空軍が強力になった」ので、

米国

海洋の自由は、
それぞれの国家の海空軍で保つべき!

米政府は「海洋の自由」に対する、姿勢や主張を大きく変更した、と東郷は述べています。

このように、自国の都合に合わせて、如何様にも国際法やその周辺の解釈を変えた当時の米政府。

ハル・ノートに対して、東郷は、それに伴う米政府の姿勢に対して、

東郷茂徳

当時の米政府の国際法や海洋に対する
姿勢は、明らかにおかしい・・・

明確に多数の事実を挙げて、強い不信感を表明しました。

しかし、1941年10月に「外相になったばかり」の東郷外相にとって、

東郷茂徳

もはや、
どうにもならないのか・・・

日米交渉妥結の可能性は0%となり、絶望しながらも、外交を続けていたのでした。

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