国際法強行解釈「世界中が自衛範囲」した米国〜「妥協して屈伏か、戦争か」・”戦艦Prince of Wales”急派した大英帝国・英国流「戦艦皇太子」の意味〜|リメンバー・パール・ハーバー61・時代の一面・真珠湾奇襲攻撃

前回は「東郷茂徳「結局は時の問題」〜時を延引は米の利益+日本の不利益・「ジリ」貧に陥って自滅か戦争か・強まる米英豪の対日包囲陣〜」の話でした。

目次

“戦艦Prince of Wales”急派した大英帝国:英国流「戦艦皇太子」の意味

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左上から反時計回りに、東郷外相、野村吉三郎 米国大使、Joseph Grew駐日大使、Cordell Hull米国務長官(丸 戦争と人物11 潮書房,Wikipedia)

1941年10月18日に外相に就任し、就任後二ヶ月しないうちに「真珠湾」となった東郷茂徳。

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「東郷茂徳外交手記 時代の一面」(東郷茂徳 著、明治百年史業書、新地球未来紀行)

戦後間もなく、東郷茂徳は、「東郷茂徳外交手記 時代の一面」を著しました。

この書籍は、対米戦開始前後から敗戦の頃までの日本外交が、克明に記録されています。

東郷茂徳

殊に対日包囲陣は、日に日に強化せられており、
米豪軍隊は比島及び蘭印方面に増加せられ、

東郷茂徳

英海軍の有力部隊も馬来方面に
急派せられつつある模様であるから、

東郷茂徳

このままに遷延する場合には、
日本は自滅の外ないのであるから、

帝国軍部

速に開戦に
決すべき!

東郷茂徳

との
主張であった。

1941年11月頃、米英豪は、大日本帝国に軍事的圧迫を加えていました。

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英戦艦 Prince of Wales(Wikipedia)

大英帝国は、最新の戦艦Prince of Walesをシンガポール周辺に急派しました。

Prince of Wales(プリンス・オブ・ウェールズ)

・英国における王位の法定(推定)である王子に与えられる称号

“Prince of Wales”は、英国人にとって極めて特別な意味を持ち、いわば「皇太子」です。

つまり、”戦艦Prince of Wales”は、日本流に解釈すると、「戦艦皇太子」でした。

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戦艦大和(Wikipeida)

つまり、英国人・大英帝国にとって、「戦艦大和」と同等の意味を持っていた”戦艦Prince of Wales”。

国際法強行解釈「世界中が自衛範囲」した米国:「妥協して屈伏か、戦争か」

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左上から時計回りに Franklin Roosevelt米大統領、Winston Churchill英国首相、J.Stalinソビエト連邦指導者、Adolf Hitler独総統(Wikipedia)

既に、欧州では巨大な戦争が起きて、英独ソが熾烈な戦争を繰り広げていました。

そして、米国は、大英帝国を完全バックアップし続けていました。

その中、とうとう、アジア・東亜方面に圧力を掛けてきた米国。

東郷茂徳

即ち、日本は大陸政策を全部的に
放棄することは出来ないとの考慮もあったが、

東郷茂徳

当時、日本当局の意向は、日本がかく迄、
日米交渉の成立に努力したに拘らず、

東郷茂徳

米は「ハル」公文の如き、最後通牒を送って
我が方を挑発し、

東郷茂徳

更に武力的強圧をも加えんとする以上、
自衛の為に戦うの外なし、とするに一致したのであった。

そして、いよいよ大日本帝国政府は、「自衛の為に戦うの外なし」と決定しました。

時代の一面

自衛の
範囲

続いて、「時代の一面」は、「自衛の範囲」というタイトルの文章に続きます。

東郷茂徳

念の為、自衛の範囲について
一言する必要がある。

東郷茂徳

従来の国際法においては、
自衛は自国領域が攻撃された時とか、

東郷茂徳

考慮を許さない程、緊迫せる際とかの定義が、
諸学者及び判決令等に確定せられていたのであるが、

東郷茂徳

米国は之に異なる主張を為してきたが、
ここに記載した通り、日米交渉中においても、

東郷茂徳

先方は米国の利益が侵害せらるる処がある場合には、
自国の領域以外の如何なる場所においても、

東郷茂徳

手遅れとならざる時期において、
対抗することが、米国の自衛であると述べ、

東郷茂徳

日本から度々注意したのであるが、米国政府は
頑として自説を固執した。

東郷茂徳によると、米国は1941年頃の「国際法の解釈」を「米国流に解釈」していました。

米国

米国の利益が侵害せらるる処が
ある場合には、

米国

自国の領域以外の
如何なる場所においても、

米国

対抗することが、
米国の自衛である!

確かに、「自衛の範囲」とは、原則として領土・領海周辺に限定されるべきです。

ところが、米国の論理では「世界中が米国の自衛範囲」でした。

東郷茂徳

外交には相手があるのであるから、自衛権に
関する学説がどうあろうと、

東郷茂徳

相手国がかかる態度に出て来る以上、
日本も其主張を考慮に加えないわけには行かない。

東郷茂徳

蓋し、国際法は実質的には、この如き大国の恣意に
よって変更せられたと見るべき場合があるからである。

とにかく、「世界共通」であるべき「国際法の解釈」。

大国、というよりも、当時既に世界最強国であった米国は、最も簡単に変更したのでした。

米国

我がUSは、USなりに
国際法を解釈するのだ!

このような姿勢であった米国に対して、「妥協して屈伏か、戦争か」の選択を迫られた大日本帝国。

もはや「戦争」しか、選択肢はありませんでした。

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