「同胞が戦犯と呼ぶべきではない」主張した看護婦〜なぜ「戦犯」か?・靖国参拝を「やむなく見送った」高市総理・「戦犯」とは何か?〜|日本の歴史と戦犯1

前回は「東郷外相「ハル・ノートに痛く落胆し辞職考慮」〜親日家グルー大使・「目をつむって鵜呑み」出来ない過酷な要求・軍部「それ見たか!」〜」の話でした。

目次

靖国参拝を「やむなく見送った」高市総理:「戦犯」とは何か?

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高市早苗 新内閣総理大臣(Wikipedia)
高市早苗

靖国参拝は
見送ります!

高市早苗

環境を整えるために
努力しています。

高市早苗

同盟国、周辺諸国にも、
ちゃんと理解を得る。

高市早苗

互いに国のために、亡くなった方々に
敬意をささげる環境をつくるのが私の目標だ

「亡くなった方々に敬意をささげる環境」づくりのために、高市総理が断念した靖国参拝。

これには、もちろん、中国や韓国からの猛烈な反発が理由にあります。

中国政府

A級戦犯を祀った
靖国神社参拝など、言語道断!

中国政府

Japanは、侵略を
肯定するのか?

中国政府

我がChinaは、戦時中に、
Japanにどれだけ苦しめられたか・・・

中国政府

お前たちは、それを
きちんと認識しているのか!

特に、「対日強行策は絶対変更なし」の中国政府の猛反発。

中国の「靖国神社大反対の姿勢」は、永久に消えなさそうです。

この論理は、「中国側の論理」としては「正しい論理」と考えます。

筆者は「戦時中に大日本帝国が中国に侵略した事実」は、中国に対し大変申し訳なかった、と考えます。

その一方で、「我が国を守った・護った人」を祀るために設立した靖国神社。

靖国神社設立に関する話を、上記リンクでご紹介しています。

高市総理の言う「亡くなった方々に敬意をささげる環境」は、極めて困難な道です。

それでは、そもそも「戦犯」とは何でしょうか?

あるいは、「A級戦犯」とは、どういう意味なのでしょうか。

「同胞が戦犯と呼ぶべきではない」主張した看護婦:なぜ「戦犯」か?

新地球紀行
真珠湾奇襲攻撃(歴史街道2021年12月号 PHP研究所)

戦犯とは、一般的には「戦争犯罪人」を指します。

そして、第二次世界大戦直後に、「東京裁判」で当時の日本の「戦犯」が確定しました。

この事実は、私たち日本人は厳粛に受け止める必要があります。

その一方で、私たち日本人は「日本人の戦犯」を、「犯罪者扱い」する必要があるのでしょうか。

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大西瀧治郎 軍令部次長(Wikipedia)

おそらく、高市総理も知っているはずの、大日本帝国海軍の大西瀧治郎。

帝国海軍きっての航空派であった大西瀧治郎は、豪放磊落な性格ながら、緻密な能力を持っていました。

大西は、第十一航空艦隊司令長官、第一航空艦隊司令長官など務めました。

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「大西瀧治郎」(故大西瀧治郎海軍中将伝刊行会、新地球未来紀行)

大西瀧治郎に関する書籍は多数ありますが、最も正統派の書籍の一つに「大西瀧治郎」があります。

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海兵40期の同期:左上から時計回りに大西瀧治郎 航空本部総務部長、宇垣纏 連合艦隊参謀長、山口、福留繁 軍令部第一部長(連合艦隊司令長官 別冊歴史読本 新人物往来社,Wikipedia)

「特攻の父」(諸説あり)と呼ばれる、大西瀧治郎は、帝国海軍航空の中心人物でした。

そして、敗戦時には軍令部次長の要職にあった大西。

大西瀧治郎

最後まで、特攻攻撃を
続ければ、勝つ確率はある!

最後の最後まで、「特攻攻撃」を主張しました。

敗戦直後に自決した大西は、存命ならば、当然「戦犯の一人」となったはずの人物でした。

大西に関しては、改めてご紹介します。

今回は、「大西瀧治郎」にある「戦犯」に関する部分をご紹介します。

看護婦S

私は、故中将(大西)が
若き少尉の日に、

看護婦S

横須賀海軍病院で付き添った
看護婦でございます。

1891年生まれであり、海兵40期卒であった大西瀧治郎。

大西が「少尉の頃」とは、概ね1913年から1915年です。

途中、いろいろな話がありますが、終盤に飛びます。

看護婦S

夢のような、というには
余りに悲惨な日本の姿、

看護婦S

祖国のために働いた忠義の方たちを
引揚者の入港を報ずるラジオ放送に、

看護婦S

毎度、戦犯という言葉を耳にし、
何処のために戦犯と言わねばならないのでしょうか。

看護婦S

相手国の人たちは、敵として、
戦犯とも言われるでしょうが、

看護婦S

私たち同胞が、苦労して帰って来られる方に
戦犯という言葉はやめていただきたいと存じます。

若き大西瀧治郎を看護したSさんは、このように明快に述べています。

これは、大西瀧治郎が敗戦直後自決した11年後、昭和31年の手紙です。

この「Sさんの主張」は、極めてもっともだと、筆者は感じます。

敵から「戦犯」と言われるのは仕方ないとしても、なぜ、日本人が日本人を「戦犯」と呼ぶのか。

「私たち同胞が、苦労して帰って来られる方に戦犯と言うべきでない」と主張したSさん。

この率直な意見に、現在の日本政府は、率直に向き合って欲しい。

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