前回は「東郷外相「ハル・ノートに痛く落胆し辞職考慮」〜親日家グルー大使・「目をつむって鵜呑み」出来ない過酷な要求・軍部「それ見たか!」〜」の話でした。
靖国参拝を「やむなく見送った」高市総理:「戦犯」とは何か?

高市早苗靖国参拝は
見送ります!



環境を整えるために
努力しています。



同盟国、周辺諸国にも、
ちゃんと理解を得る。



互いに国のために、亡くなった方々に
敬意をささげる環境をつくるのが私の目標だ
「亡くなった方々に敬意をささげる環境」づくりのために、高市総理が断念した靖国参拝。
これには、もちろん、中国や韓国からの猛烈な反発が理由にあります。



A級戦犯を祀った
靖国神社参拝など、言語道断!



Japanは、侵略を
肯定するのか?



我がChinaは、戦時中に、
Japanにどれだけ苦しめられたか・・・



お前たちは、それを
きちんと認識しているのか!
特に、「対日強行策は絶対変更なし」の中国政府の猛反発。
中国の「靖国神社大反対の姿勢」は、永久に消えなさそうです。
この論理は、「中国側の論理」としては「正しい論理」と考えます。
筆者は「戦時中に大日本帝国が中国に侵略した事実」は、中国に対し大変申し訳なかった、と考えます。
その一方で、「我が国を守った・護った人」を祀るために設立した靖国神社。
靖国神社設立に関する話を、上記リンクでご紹介しています。
高市総理の言う「亡くなった方々に敬意をささげる環境」は、極めて困難な道です。
それでは、そもそも「戦犯」とは何でしょうか?
あるいは、「A級戦犯」とは、どういう意味なのでしょうか。
「同胞が戦犯と呼ぶべきではない」主張した看護婦:なぜ「戦犯」か?


戦犯とは、一般的には「戦争犯罪人」を指します。
そして、第二次世界大戦直後に、「東京裁判」で当時の日本の「戦犯」が確定しました。
この事実は、私たち日本人は厳粛に受け止める必要があります。
その一方で、私たち日本人は「日本人の戦犯」を、「犯罪者扱い」する必要があるのでしょうか。


おそらく、高市総理も知っているはずの、大日本帝国海軍の大西瀧治郎。
帝国海軍きっての航空派であった大西瀧治郎は、豪放磊落な性格ながら、緻密な能力を持っていました。
大西は、第十一航空艦隊司令長官、第一航空艦隊司令長官など務めました。


大西瀧治郎に関する書籍は多数ありますが、最も正統派の書籍の一つに「大西瀧治郎」があります。


「特攻の父」(諸説あり)と呼ばれる、大西瀧治郎は、帝国海軍航空の中心人物でした。
そして、敗戦時には軍令部次長の要職にあった大西。



最後まで、特攻攻撃を
続ければ、勝つ確率はある!
最後の最後まで、「特攻攻撃」を主張しました。
敗戦直後に自決した大西は、存命ならば、当然「戦犯の一人」となったはずの人物でした。
大西に関しては、改めてご紹介します。
今回は、「大西瀧治郎」にある「戦犯」に関する部分をご紹介します。



私は、故中将(大西)が
若き少尉の日に、



横須賀海軍病院で付き添った
看護婦でございます。
1891年生まれであり、海兵40期卒であった大西瀧治郎。
大西が「少尉の頃」とは、概ね1913年から1915年です。
途中、いろいろな話がありますが、終盤に飛びます。



夢のような、というには
余りに悲惨な日本の姿、



祖国のために働いた忠義の方たちを
引揚者の入港を報ずるラジオ放送に、



毎度、戦犯という言葉を耳にし、
何処のために戦犯と言わねばならないのでしょうか。



相手国の人たちは、敵として、
戦犯とも言われるでしょうが、



私たち同胞が、苦労して帰って来られる方に
戦犯という言葉はやめていただきたいと存じます。
若き大西瀧治郎を看護したSさんは、このように明快に述べています。
これは、大西瀧治郎が敗戦直後自決した11年後、昭和31年の手紙です。
この「Sさんの主張」は、極めてもっともだと、筆者は感じます。
敵から「戦犯」と言われるのは仕方ないとしても、なぜ、日本人が日本人を「戦犯」と呼ぶのか。
「私たち同胞が、苦労して帰って来られる方に戦犯と言うべきでない」と主張したSさん。
この率直な意見に、現在の日本政府は、率直に向き合って欲しい。


