前回は「東郷茂徳「在米大使館員が何を考えていたのか謎」〜全てはうやむや・「簡潔に通告」すべきだった対米宣戦布告:不必要に長すぎる対米覚書〜」の話でした。
「奇襲攻撃ではなくなった」真珠湾奇襲攻撃:外務省の完全な落ち度

1941年12月8日午前7時55分(日本時間)、大日本帝国海軍・連合艦隊の第一航空艦隊を主軸とする空母機動部隊は、ハワイ真珠湾を奇襲攻撃しました。
ところが、「外務省の完全な落ち度」によって、「奇襲攻撃」は「奇襲攻撃ではなくなった」のでした。

Roosevelt昨日、
1941年12月7日・・・



この日は、恥辱として
記憶に刻まれるあろう日・・・



我がUSは、Japanese Empire(大日本帝国)の
海軍・空軍による・・・



意図的な
奇襲攻撃を受けました!



Japanの要請により、
同国政府・Emperorとの対話を続けてきた・・・



最近、ハル国務長官が
送った書簡に対して・・・



駐米Japan大使は、公式回答書を
Hull長官に提出してきた・・・



しかし、Japanの政府の文書には、
戦争や武力攻撃の警告・暗示は全くなかった!



ハワイと日本の距離を
考えれば・・・



昨日の攻撃は、数日前、あるいは数週間前から
計画されていたことは明らかである!



この間、日本政府は「持続的平和を希望する」
という偽りの声明と表現で・・・



我がUSを、故意に
欺いてきたのです!



Hawaii諸島に対する、Japan海軍の攻撃は
我がUSの海軍に甚大な損害を与えた!



Japanは、Hawaiiに加え、香港・グアム・
フィリピン・ウェイクを攻撃した!



私は我がUS陸海軍の最高指揮官として、
あらゆる措置を講ずるよう命令を下した!



米国民は、正義の力を持ってして、
必ずや勝利をもたらしてみせる!



議会に
対して要請する!



1941年12月7日(現地時間)、Japanの
一方的かつ卑劣な攻撃が開始されたため・・・



我がUSと日本の間に戦争が生じた
ことを認め、 USが参戦することを!
そして、大日本帝陸海軍を構成した、大日本帝国統帥部・軍部は「全く悪くなかった」のに、「卑怯者呼ばわり」されることになった大日本帝国。
残念ながら、欧米では、2026年現在においても「卑怯者Jap」扱いです。
“Remember Pearl Harbor!”:「謎の、不気味な空気」の外務省


本件に関して、対米開戦時と降伏時に外務大臣であった東郷重徳は、「東郷茂徳外交手記 時代の一面」で詳細に語っています。





日本の両大使は、大使館でも六日夜には
既に解読せられたと云う覚書の大部分を



同日中に閲読しなかったのだろうか、
閲読したとして自体の重大を悟らなかったというのであろうか。
大日本帝国の駐米大使であった野村吉三郎大使と来栖三郎大使。
この2名に対して、東郷茂徳は痛烈に批判しています。



又館員が七日午前海軍武官が大使館事務所を来訪して
多数の電報が配達せられて居るのを発見して、



注意を加えてはじめて処理にかかったという程、
規律のない状態に置いたのか不可解のことであった。
とにかく「分からない」「不可解」と正直な気持ちを語り続ける東郷茂徳・元外相。
ところが、東郷茂徳・元外相が語って居るのは「戦後」のことであり、本来であれば、これほどの重大事実は「真珠湾直後に解明されて居る」べきでした。
ところが、東郷茂徳・元外相すら「不可解」と断定する「謎の、不気味な空気」のまま、戦争が終わってしまったのでした。
そもそも、当時の外務省の存在自体が「謎の、不気味な空気」だったと言って良いでしょう。



事態はかくの如くして
通告の手交が遅れたので、



米国側は、直ちに宣伝の
好材料として利用した。





Japは
超卑怯者軍団である!
とにかく、ある戦いで「大敗北を喫した」以上の、特大ダメージを被ってしまった大日本帝国陸海軍。
以下、先ほどの「ルーズベルト大統領演説」が、東郷茂徳・元外相の視点で紹介されています。



大統領は、
八日議会に於いて、



昨日合衆国は、日本の陸海軍により
突然且つ計画的に攻撃せられたが、



此時合衆国は、太平洋の平和維持の為に
日本の懇請によりこれと会談継続中であった。



その後、ようやく一時間にして、日本大使は、其同僚と共に
国務長官に米国の「メッセージ」に対する回答を交付したが、



其れには武力的攻撃の脅威、
又は暗示はなかった!



と述べて盛んに
敵愾心を鼓舞したのである。
このあたりは、政治的に「ルーズベルトの完全勝利」となり、「大日本帝国の完敗」となってしまいました。
そして、この結果、ルーズベルト大統領は、



Remember
Pearl Harbor!
このように、”Remember Pearl Harbor!”を合言葉に、米国民を強烈に鼓舞し、米国民は、



Remember
Pearl Harbor!



Remember
Pearl Harbor!
ほとんど全員の米国民は、”Remember Pearl Harbor!”で一丸となってしまったのでした。
とにかく、開戦直後に「どうにもならない状況」に追い込まれた大日本帝国。
その後の運命を暗示していたかのような、非常に残念な「奇襲攻撃」となってしまったのでした。

