前回は「「機動部隊出撃」知らなった東郷外相〜大本営と帝国政府の断絶・「文官無視」の統帥部のやり方・東京裁判で「記憶違い」か「嘘」か〜」の話でした。
対米開戦決定直後「呑気に見えた」統帥部長達:米国と戦争の意味

対米開戦時、敗戦時に外相であった東郷茂徳。

東郷茂徳が、戦後、獄中で必死に著述した「時代の一面」によると、
東郷茂徳因みに十一月二十六日海軍機動部隊が
単冠湾を出発し、



南雲中将は、真珠湾を攻撃せよ、と命令を受けた
ということが、東京軍事裁判所法廷に明かにされたが、



自分達は此等の作戦行動については、
何等知らなかった。



当時統帥部のやり方であったので、当時の事情を知っている者には、
直ちに了解せられることである。
大本営・統帥部は、帝国政府に「真珠湾へ機動部隊出撃」を通知しなかった、ことを明らかにしました。
ただし、東京裁判において、東條英機他の数名は、



機動部隊出撃は、
連絡会議で言った。
このように主張していたようであり、「どちらかが嘘」か「記憶違い」となります。
おそらく、当時の状況、「時代の一面」の正当性から、「確かに東郷外相は知らなかった」と考えます。



殊に布哇(ハワイ)攻撃につきては、
文官大臣であらかじめ知る者がなかったことは、



幾多の証言があるのであるから、
多言は要るまい。



又、高松宮の御注意によって、陛下が
十一月二十九日、更に海軍大臣及軍令部総長に、



戦争の見透しにつき、念を押されたことも
開戦後、東條から当時の後日談として聞いたような次第である。
とにかく、東郷外相らの「文官大臣」は、「除け者にされていた」かのような状況でした。



かくて開戦の決定はなされたが、
開戦に伴うべき多くの事項は、凡て連絡会議に上議せられた。



先づ、右御前会議直後の会議では、
宣戦詔勅が附議せられたが、



統帥部の態度は、つとに急速開戦を主張していたに
拘らず、当日は甚だ呑気な態度を示していたので、



些か奇異に感ずると共に、自分は宣戦布告の問題も
あるからと思って、いつから開戦するつもりかと聞いた。
東郷外相によると、「開戦前」なのに呑気な感じだったという統帥部長たち。
確かに、今も当時も世界一の大国である米国に宣戦布告するのは、超絶な緊張であったはずでした。
それにも関わらず、「呑気に見えた」統帥部長たち。
この状況は「奇異」を超えて、異常事態でした。
杉山総長「戦闘開始は次の日曜日頃」:「奇襲」に不安感じた東郷外相





いよいよ、米国と
戦争ですな・・・
特に、既に「機動部隊が単冠湾を出撃していた」のに、秘匿していた永野修身軍令部総長。
| 役職 | 名前 |
| 内閣総理大臣・陸軍大臣 | 東條英機 |
| 海軍大臣 | 嶋田繁太郎 |
| 外務大臣 | 東郷茂徳 |
| 参謀総長 | 杉山元 |
| 軍令部総長 | 永野修身 |
穿った見方をすれば、「わざと呑気に見せていた」のかもしれません。
いずれにしても、大日本帝国の外交責任者である東郷外相が、



いつから
開戦するつもりか。
このように1941年12月初旬に「いつから米国と戦争?」と尋ねる状況は奇異を超えていました。



次の
日曜日頃ですな。
杉山総長は、このように曖昧な返答をしました。



之に対し、杉山参謀総長は、次の日曜日頃と
曖昧の事を言うので、その態度に益々疑念を抱き、



戦闘開始の通告は、通常の
手続きによることが適当だ。



と
述べた。
とにかく、戦闘開始がいつであり、宣戦布告をいつなすべきか、に腐心していた外務省。
その外務省の心は一切関係なし、とばかりの統帥部の姿勢でした。



奇襲で
やるのだ!



然るに永野軍令部総長は
奇襲でやるのだ、と言った。



これに引き続いて、
伊藤軍令部次長から、





開戦の効果を大ならしむる為、
交渉は戦闘開始まで打ち切らないでおいて欲しい。



との
申し入れがあった。



これで統帥部が呑気に構えていた
意味が解ったが、



自分は今まで海軍が邀撃作戦にて
勝つ自信ありといっていたのに、



突然、奇襲をやるのだと言い出したのに
驚くと共に、



奇襲をやらなければ、緒戦においても
充分の見込みがないことにも解せられて、



戦争の前途を心細く感ずるの
念が生じた。
散々威勢の良いことを言っていた永野軍令部総長でしたが、



我が帝国海軍の
十八番は奇襲!
このように、堂々たる「邀撃作戦」から「奇襲作戦」に「突然変更」した、と東郷外相は述べています。
ところが、この奇襲攻撃は、「ずっと以前から計画していた」ことでした。
優等生肌の伊藤軍令部次長までも、「開戦まで交渉」と言い出すなか、



こんな状態で、果たして
米国に勝てるのか?
このように東郷外相は疑念を抱かざるを得ない状況でした。
当時、確かに、一時的には「米海軍をも上回る」圧倒的存在だった帝国海軍。


特に、帝国海軍の機動部隊の戦力は、世界中のどの艦隊をも圧する勢いがありました。



しかし、こんな呑気な雰囲気で
大丈夫か?
呑気で曖昧であったまま、最強国・米国と戦争に踏み切った大日本大国。
そして、東郷外相の不安は的中することになります。

