前回は「傭兵に頼ることを「堕落」と切って捨てた石原莞爾〜異様な現代日本の国防・トランプ大統領次第?の世界情勢・暴騰と大幅下落で揺れる日経平均株価〜」の話でした。
「机上の空論」ではない石原「戦争の性質」:国家生活としての力と軍事力

石原莞爾が著した「最終戦争論」では、戦争の様々な姿を規定しています。
| 戦争名称 | 武力vs他の手段 | 性質 |
| 決戦戦争 | 武力>> 他の手段 | 男性的・陽性 |
| 持久戦争 | 武力<<他の手段 | 女性的・陰性 |
石原は、戦争を「決戦戦争」と「持久戦争の」の二つに明確に分けました。
このように、学問や研究においては、対象を分類することは基本です。
その一方で、こうした「対象の分類」は、「机上の空論」となる傾向もあります。
石原莞爾による戦争の性質は、極めて明確であると同時に、対比が明瞭である点が注目です。
| 時代 | 戦争の性質 | 兵制 | 政治史の大勢 |
| 古代 | 決戦戦争 | 国民皆兵 | 国家対立から統一へ |
| 中世 | – | – | 宗教支配 |
| 火器使用以後 | 持久戦争 | 傭兵 | 新国家の発展 |
| 仏国革命以後 | 決戦戦争 | 国民皆兵 | 国家主義全盛 |
| 現代:欧州大戦以後 | 持久戦争 | 国民皆兵(全男子) | 国家連合 |
| 未来:最終戦争以後 | 決戦戦争 | 国民皆兵(全国民) | 世界統一 |
石原莞爾お隣の支那では、漢民族の最も盛んであった唐朝の
中頃から、国民皆兵の時代が乱れて、傭兵に堕落する。



その時から、漢民族の
国家生活としての力が弛緩しております。
「傭兵は堕落」と切って捨てた石原は、当時、群雄割拠となっていた中国を「弛緩している」と表現しました。
中世・騎士の個人戦闘を「暗黒時代」と切った石原:蒋介石に送ったエール


石原莞爾が、この講演をしたのは1940年5月29日でした。
この頃の大日本帝国は、支那事変と呼んでいた日中戦争が「泥沼化」した状況にありました。



今日まで、その状況がずっと
継続しましたが、今次日支事変の中華民国は・・・



非常に奮発して、
勇敢に戦っております。
当時は、支那事変、日支事変などいくつかの呼び方がありました。


石原が褒め称えた中華民国を率いていたのは、蒋介石総統でした。



それでも、まだどうも真の国民皆兵には、
なり得ない状況であります。



長年文を尊び、武を卑しんできた
漢民族の悩みは非常に深刻なものでありますが・・・



この事変を契機としまして、
何とか昔の漢民族に変えることを私は希望しています。
当時「敵」であった中華民国・漢民族に対し、いわばエールを送った石原。
満洲事変を主導した石原は、その後、満洲国の自立を訴え、中国との融和も主張しました。



前にかえりますが、こうして
兵制が乱れ、政治力が弛緩して参りますと・・・



せっかくローマが統一した天下を
ヤソの坊さんに実質的に征服されたのであります。



それが中世で
あります。



中世には、ギリシャ、ローマ時代に発達した
軍事的組織が全部崩壊して・・・



騎士の個人的戦闘に
なってしまいました。



一般文化も中世は、見方によって暗黒時代でありますが、
軍事的にも同じことであります。

