東條首相「止むなく米英蘭と開戦す」〜帝国存立危機と乾坤一擲戦争・ハルノートを「放っておいた」帝国政府〜宣戦詔勅草案優先の謎〜|リメンバー・パール・ハーバー66・時代の一面・真珠湾奇襲攻撃

前回は「いかにも日本的「一応説明」重臣会議〜ぶっきら棒に答えた東條総理の真意・「真珠湾」以前の綿密な日米交渉の事実・閣議より上位だった連絡会議〜」の話でした。

目次

ハル・ノートを「放っておいた」帝国政府:宣戦詔勅草案優先の謎

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近衛文麿元首相と東條英機新首相(Wikipedia)

つい最近まで、内閣総理大臣であり、重臣たちから「詰問される側」だった近衛文麿元総理。

1945年11月末、今度は「重臣側」として、東條総理を「詰問する側」となりました。

近衛文麿

最近の米国提案から見ても、交渉が絶望であることは
明らかであるが、この際、陰忍自重して、

近衛文麿

暫く模様を見ることは
出来ないものか、と思う。

東條英機

其の点は、繰り返し繰り返し
頭痛がする位研究を重ねたが、

東條英機

戦う以外に途なし、との結論に
達したのである。

近衛内閣の頃、ギクシャクしていた東條総理は、近衛元総理に対して、ぶっきら棒に答えました。

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「東郷茂徳外交手記 時代の一面」(東郷茂徳 著、明治百年史業書、新地球未来紀行)

そして、まもなく、日米戦争へと突入してゆく大日本帝国。

この頃の帝国政府・大本営の動きを、開戦時・敗戦時に外相だった東郷茂徳が綴っています。

東郷茂徳

翌三十日(11/30)連絡会議は、更に開催せられ、
愈々開戦に決定し、

東郷茂徳

十二月一日御前会議開催を奏請することとし、
其の議案の審議に入った。

東郷茂徳

猶此の頃から開戦直後に煥発せらるべき
宣戦詔勅の草案が提出せられ、

東郷茂徳

此れが審議に多くの時間が費やされたが、
「ハル」公文に対する回答案は、

東郷茂徳

未だ審議に入るの運びに
至っていなかった。

ここで、当時の帝国政府は、真におかしな状況に陥っていました。

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左上から時計回りに、Franklin Roosevelt米大統領、Cordell Hull米国務長官、Frank Knox海軍長官、Henry Stimson陸軍長官(Wikipedia)
Hull

Japanの皆さん!
私の回答はこれです!

直前の11月26日に、米国から発行されたハル・ノート。

このハル・ノートによって、帝国政府は「日米戦争を決断」したのでした。

そして、外交上、「ハル・ノートに対する対応」は最優先であり、早急に返答すべきでした。

ところが、「宣戦詔勅の草案」が先で「ハル・ノート対応」は後とした帝国政府。

外交上、この姿勢は、実に奇怪なことでありました。

もはや「読みたくなかった」かもしれないハル・ノート。

ハル・ノートの骨子

1.日本軍の中国全土及び仏領インドシナからの撤兵

2.日独伊三国同盟の破棄

3.大日本帝国が満州事変以前の状態への復帰

その一方で、これほどのことを言われた上では、すぐに反論すべきでした。

東條首相「止むなく米英蘭と開戦す」:帝国存立危機と乾坤一擲戦争

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左上から時計回りに、東條英機 首相、東郷茂徳 外相、杉山元 参謀総長、永野修身 軍令部総長(国立国会図書館、Wikipedia)
東郷茂徳

回答案は主管局において、作成中であったが、
なかなか暇取るので、自分は採算草案の提出を督促したが、

東郷茂徳

陸海軍との打ち合わせに非常の手数を
要するので、遅れているとのことであった。

東郷茂徳

されは、十二月一日の御前会議には、
右回答案は、何等問題とならないので、

東郷茂徳

「対米交渉遂に成立するに至らず、
帝国は英米蘭に対し開戦す」

東郷茂徳

という議題に付き、
議事が進められた。

東郷茂徳

御前会議には、全閣僚、陸海軍統帥部総長、両次長、
内閣書記官長、陸海軍両軍務局長が出席した。

東郷茂徳

尚、原枢密院議長が特旨により
参列した。

東郷茂徳

先づ、総理から
左の陳述があった。

いよいよ、対米戦開戦決定の御前会議が開催となりました。

東條英機

お許しを得たるによりまして、
本日の議事の進行は、私がこれに当たります。

東條英機

十一月五日、御前会議決定に基づきまして、
陸海軍においては、作戦準備の完整に勉めまする一方、

東條英機

政府に於きましては、凡有る手段を尽くし
全力を傾注して、対米国交調整の成立に努力して参りましたが、

東條英機

米国は、従来の主張を一歩も譲らざるのみならず、
更に米英蘭支那連合の下に、支那より無条件全面撤兵、

東條英機

南京政府の否認、日独伊三国条約の死文化を
要求する等、新たなる条件を追加し、

東條英機

帝国の一方的譲歩を強要して
参りました。

東條英機

若し帝国にして、これに屈従せんが、帝国の権威を失墜し
支那事変の完遂を期し得ざるのみならず、

東條英機

遂には帝国の存立をも危殆に陥らしむる結果と
相成る次第でありまして、

東條英機

外交手段に依りては、到底、帝国の主張を貫徹し
えざることが明らかとなりました。

東條英機

一方、米英蘭支等の諸国は其の経済的、軍事的圧迫を
益々強化して参りまして、

東條英機

我が国力上の見地よりするも、又作戦上の観点よりするも、
到底此の儘推移するを許さざる状態に立ち至りました。

東條英機

事ここに至りましては、帝国は現下の危局を打開し、
自存自衛を完うするため、

東條英機

米英蘭に対し、開戦の止むなきに
立ち至りましたる次第であります。

東條首相は、粛々と、淡々と、大日本帝国の状況を語りました。

そして、「止むなく米英蘭と開戦する」ことを、高々と宣言した東條首相。

現代の発想からすれば、オランダはともかく「米国と英国と同時に戦争開戦」は、いかにも危険でした。

ところが、当時の日本、大日本帝国は、「米英蘭と同時に一気に開戦」に踏み切ろうとしていたのでした。

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