前回は「創造性とは何か?〜「創造性への寄与」とパソコンの支給・小学校卒ですらない大発明王エジソン〜」の話でした。
子ども沢山の時代に生まれた「共通テスト」:1979年発祥の「共通一次」

今年2026年も、大学受験・高校受験・中学受験の本番が近づいてきました。
受験生の皆さんには、健康第一で、入試当日に全力を出し切って欲しいです。
そして、まもなく、大学受験の「前哨戦」である「大学入試共通テスト」が始まります。
1977年生まれの筆者が大学受験をした時は、「大学入試センター試験」と呼ばれました。
そして、1979年に導入されたのが「大学共通第1次学力試験」が、これらの発祥です。
当時は、「共通一次」と呼ばれていたそうです。
おそらく、ベビーブームなどで、子どもの数が増加する一方だった昭和中期に、
教員A毎年毎年、受験生が増加して、
入試の対応が大変だ・・・
受験生が増加すると、当然ながら「採点する手間」が増えてしまいます。



もっと、入試のシステムを
合理化出来ないだろうか・・・



たとえば、共通のテストをやってもらって、
その点数だけでも試験が出来るとか・・・
おそらく、当時「共通テスト」への要望は、こういうところから生まれたのでしょう。
急速な少子化となった現在の日本において、「子どもが増えて大変」というのは、なんとも羨ましいです。



分かりました!
私たちが共通テストを作りましょう!
そして、「選択肢だけ」という、ある意味「究極の試験」が文部省(文科省)によって作成されました。
時代に逆行する「大学入試共通テスト」:国立トップ校は「記述のみ」が妥当


この「選択肢だけ」という試験は、筆者は大学受験の際に、とても苦手としていました。
筆者は、私立武蔵中学・武蔵高校を卒業していますが、武蔵では「レポート中心」の教育が行われました。
ほぼ全ての科目でレポートが課され、「なんでもレポート」「とにかくレポート」の世界でした。
理科実験などでは、レポートが課される学校が多いですが、武蔵では音楽でもレポートがありました。
筆者は、歌ったり楽器演奏は苦手ですが、この「音楽のレポート」は好きでした。
そして、この「選択肢のみ」の共通テストというのは、文字通り「選ぶ能力」のみを測ります。
数学や物理などでは、きちんと「法則を誤解すると至る誤答」が用意されています。
そのため、「基礎的理解」を測るには、良い面もあるかもしれません。
ところが、筆者が受験した時は「センター」と呼ばれましたが、この「センター」の数学は曲者でした。
筆者は数学が得意でしたが、「思考のプロセス」に大幅な制約がある「選択肢の試験」は大嫌いでした。
「記述タイプ」ならば高得点なのに、「選択タイプ」だと、「合わない」ので成績がダウンすることがありました。
この「選択肢のみ」の試験は、「思考の発展」を大きく阻害すると考えます。
Global and Innovation Gateway for All
文科省は「GIGAスクール構想」を猛烈に推進しています。
(2019年文科省、一部抜粋)
この新たな教育の技術革新は、多様な子供たちを誰一人取り残すことのない公正に個別最適化された学びや創造性を育む学びにも寄与するものであり、特別な支援が必要な子供たちの可能性も大きく広げるものです。
そして、「創造性を育む」という「お題目」を掲げている文科省。
ところが、「創造性のかけらも関係ない」のが「共通テスト」です。
「入試の合理化」の面では、共通テストの存在はあっても差し支えないと考えます。
その一方で、「国立大学受験生も、ほぼ全員受験必須」など、強い規制がある共通テスト。
時代に逆行し、自らの「お題目」にも「明確に反している」この共通テスト。
私立大学などが「採用する」のは自由ですが、特に上位の国立大学には不要であると考えます。
少子化が進んでしまった結果、受験生も減少しました。
国立大学の「足切り」も不要な時代になったと思われ、「共通テストの採用」は大学ごとの判断にすべきです。
そして、東大や京大などは「共通テスト不要」で「記述の二次試験一本」にした方が、受験生たちの負担も減ります。
文科省には「共通テストに対する姿勢」を、根幹から再考して欲しい。

